東京都は2023年度から、女性の卵子量の目安を測る目的で調べる「AMH(抗ミュラー管ホルモン)検査」を、条件を満たせば無料で受けられるようにすると発表しました。その他卵子凍結に関する助成金、ユースクリニックでの若者への性教育なども支援制度として取り組まれています。
今回都議会議員で民間企業から政治の世界へ転向し活躍されている後藤なみ議員と、はらメディカルクリニック副院長であり、10年以上不妊治療の分野に携わる一方で長年若者への性教育活動なども積極的に継続されている鴨下桂子医師の対談が実現しました。都政と医療現場という異なる視点で、性教育・不妊治療の支援について語っていただきました。
都民ファーストの会 東京都議団 政務調査会長。
明治安田生命、リクルートキャリアなど民間企業を経て政治の世界へ。足立区選出の都議会議員として2期連続トップ当選を果たす。現在党総務会長として、党運営にも関わる。介護福祉政策がライフワーク。プライベートでは、5歳の子どもを育てる一児の母。
はらメディカルクリニック副院長、医学博士。
日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医、日本生殖医学会認定 生殖医療専門医。東京医科大学卒。
2009年-2021年 東京慈恵医科大学産婦人科教室助教。
2021年10月 はらメディカルクリニック勤務。
2023年6月 はらメディカルクリニック副院長就任。
著書「誰も教えてくれなかった卵子の話」
鴨下桂子(以下:鴨下):
本日は対談よろしくお願いします。
私は普段、目の前の患者さんのことしかみてないというか、国全体の目線では、社会問題を捉えていない立場ですが、是非、今日は立場が違う中で色々お話しできればと思っています。
さっそくなのですが後藤さんはその若さでなぜ政治に関わろうと思ったんですか?
後藤なみ議員(以下:後藤): 元々、私も身内に政治家がいたわけでもなく、当時、私は民間企業のリクルートという会社で、介護に関する新規事業に携わっていました。いろいろな現場を訪問させていただく中で、現場の現状が政治や行政に届いていないことを実感をしていました。そこで、もう少し社会保険制度や、介護保険制度について、もっと勉強して、役に立てるようにと当時希望の塾に入りました。小池都知事が知事選に立候補された時の街頭演説を聞いて、市民として東京を変えていくために、私も大胆に構造から変えていきたいと強く感じたのも政治を志した一つの理由です。立候補が決まった段階で妊娠が発覚するのですが…。
鴨下: それは大変でしたね…!
後藤: 妊娠5ヶ月だったので、随分悩んだのですが、何より自分がやらなければという使命感がすごくありまして。
鴨下: 安定期でよかったですね…ご主人も応援されてという感じですか?
後藤: そうですね。私が走れない代わりに夫が走って有権者と握手するとか、ルールを決めてお昼寝をするとか。お腹の子供を1番に考えた選挙ができるように夫と決めて取り組みました。でも、選挙は、早朝から駅に立って、夜まで活動するのが当たり前だと言われている世界ということもあり、民間から初めて政治の世界を覗いてみてはじめて、女性が政治に参画することの難しさを実感したのを覚えています。
鴨下: 自分より若い人が日本のために、お子さんを育てながら活動していることは、女性としてすごく励まされますし、前向きな気持ちになります。
鴨下:
今回の都民ファーストの会が掲げている、AMHの無料化や、ユースクリニックへの支援は私も大賛同です。
特にユースクリニックにはずっと興味があって。不妊治療に携わり始めた頃、患者さんと医療者の知識のギャップに驚かされてました。みんな「生理があるうちは妊娠できる」とか「油断すると妊娠してしまう」といった、避妊の教育ばかりを受けてきたんだと思います。
「望んでも出来ない妊娠がある」ことの知識が抜けていることと、「不妊治療すれば必ず授かれる」といった、過度な医療への期待に危機感を覚えました。それをきっかけに「正しい知識があれば予防できる不妊があるのではないか」と思い高校生や大学生に向けた新しい性教育の講演活動を2012年から行ってきました。
後藤:
本当ですね。不妊治療の部分に関して言えば、私自身も今36歳で、まわりに不妊治療している人が多い印象です。私自身も正しい性教育を受けてこなかった一人として、知らなかったことがたくさんありました。特に私は就職して「30代になるまではとにかく仕事を頑張るんだ」「妊娠、出産は、後で考えればいいかな」と本当に思っていました。
まわりも同じ感じで、「とにかくバリバリ働く、それがよし!」という考え方で。それも、一つの価値観だと思うんですけど、まわりを見渡すと、いざ、「子供が欲しい!」となった時に、妊娠・出産ができないという同僚が本当に多くて。なんで私たち知らなかったんだろう?と思いました。大きく見れば、プレコンセプションケア(将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うこと)が、日本は欠如していると思います。
若い世代の子たちと話をすると、正しい知識を持っていないことが原因で望まぬ妊娠をしてしまった子もいる。また、性教育って鴨下先生のおっしゃる通り、避妊の方法を教えるだけではなく「自分の身体のことは自分で決めていいんだ」ということを、ちゃんと伝えていくことが教育だと思います。
後藤:
自分を大事にすることが、自分を正しく理解する第1歩だと考えた時に、ここは政治でやらなければいけない分野だということで動きはじめました。
性教育の部分で「歯止め規定」(学習指導要領における、学習内容を限定した規定のこと)による制約があり、東京都の性教育はものすごく遅れていました。私たちがまず取り組んだのは「性教育の手引き」を改訂をして、2019年にこれまで多くの規制がかかっていたことを調整していくことでその1歩を踏み出しました。
特に学校の分野は様々なプレイヤーがいて、学校の現場や教育の分野だけで性教育を大きく進めるのは難しいということで、正しい知識を得ることができたり、妊娠だけではなくて、自分の身体の悩みを相談できる場所として、学校でもなく家庭でもない「第3の居場所」を作ることにしました。現在はインターネット上に情報が溢れていますが、本当に正しい情報にアクセスできる機会はすごく少ない状況で、正しい情報に繋がれる場を作る目的で出てきたのがこの”ユースクリニック”です。現在ユースクリニックに関しては、都立高校で10校まで広がっていて、産婦人科医が駐在し、相談が受けられるようになりました。
鴨下: 高校の中にあるのですか?
後藤: そうです、高校の中でまず相談が受けられる仕組み作りをしました。あわせて、その学校から出ても相談ができる場所として、都内の各地でキャラバンしながら、相談場所も用意して、今年度中に常設できる場所を決める予定です。ユースクリニックは性教育が進んでいるスウェーデンが発祥と言われており、スウェーデンで取り組まれているように、若者がアクセスしやすい場で、且つ話しやすい空気感の中で、正しい情報に触れることができる場を実現できたらと思っています。
鴨下: とても素晴らしいですね。講演では学生に「かかりつけの婦人科医」を持つことの大切さも訴えてきました。そして講演後のアンケートでは毎回自身の体や性に対する悩みが正直に細かく書かれている一方で、講演を聞いた学生が実際に検査や相談に来てくれた子は10年間でごくわずかであり、私が働く大学病院や不妊治療専門病院は若い子たちにとってハードルが高いのだと思います。そのためユースクリニックの必要性は肌で感じていました。高校の中にあるというのもすごく良いと思いました。
後藤:
ほんとにそうですね。元々、この政策を提案してくれたのが、私たちの会派の1人の女性ですが、元々スウェーデンで生まれて、暮らしていて当たり前にあった性教育や相談する場所が日本にないことに驚いたことがきっかけになっています。
現在、ユースクリニックも場所を選定中で、今は都立学校での実施を去年の10月からしていますが、産婦人科の先生に診てもらう、相談できることにすごく価値があると思っています。学校の先生には相談しにくい、親にも相談がしにくいので、専門的な立場で悩みに寄り添ってくれる産婦人科医の先生や助産師の先生に参画してもらうことで徐々に拡大をしていっています。
鴨下: 妊娠・出産や女性の身体についての正しい知識は、知りたい人が自分から掴みに行くものではなく誰もが知れるものであってほしいと思います。そのためには行政の力が絶対に必要だと思っていたので、今日お話を聞いて感動しました。是非私もお手伝いしたいです。
鴨下: AMHの検査無料化や、卵子凍結の助成金などは「少子化対策」なのか、それ以外の目的なのか、すごい興味があって聞いてみたいと思っていました。
後藤:
実は少子化対策というよりは「女性活躍」の文脈で上がってきた政策の一つなんです。女性が、妊娠して、出産して、そして子供を育てて、というような、ライフコースを考えた時に、女性の多様な生き方の支援をしていく中で、女性の「キャリア」と「育児」との両立するための一つの選択肢としてAMHの検査無料化などを進めています。
よく少子化は日本の大有事だと言われますが、それについての答えがあるとするならば、「産め」ということではなくて「妊娠」「出産」「育児」の中にある選択肢一つひとつに不安がなくなるよう支援をすることでしかないんだと思います。徹底した支援策で、不安を取り除いてあげる。妊娠も大丈夫、出産も大丈夫、育児も大丈夫、そういう安心感を生み出すことが重要だと思いますしそのために政治が果たす役割は大きいんじゃないかと思っています。
鴨下: 少子化というよりは、女性の多様な生き方の支援と聞いて嬉しく思います。「産むことが素晴らしいから、産むための準備をしましょう〜」というのではなく、正しい知識を持った上で「産まない」は、素晴らしい決断ですよね。こういう意思を持って欲しいなと。なので必ずしも産むことが前提になっているわけではないというのを聞いて安心しました。
後藤:
重要なのは自分の”現在地”を知ることで、その先に早期通院だったり、適切な治療の開始があって、その先の選択肢に対して「卵子凍結」があることをお伝えしています。
実はあんまり報道されていませんが、企業と連携したプレコンセプションケアの一環として入社時や研修時など妊娠、出産を少しずつ意識し始めるタイミングの女性に何度でもしっかりと知識をお伝えしたいということで、社内研修の支援事業をスタートしています。
鴨下: そうですよね!1回ではなく、時おり人生のいくつかのポイントで、正しい知識に触れて、現状とすり合わせをして「どうしていきたいか?」を見直すことが必要だと思っています。
後藤: 就職を控える学生さんたちにとっても、ライフワークバランスが整っているのか、その先の出産、妊娠、育児まで見据えて、自分が安心して働ける企業なのかというのは企業を選ぶ大きな基準の一つになっていると感じます。、そうした意味からも、妊娠・出産・育児の支援やプレコンセプションケアをしっかりとやっていない企業はきっと人材を採用できない時代になるんだと思います。
鴨下: 当事者だけではなく、企業にも変化が求められていますね。不妊休暇など、制度があったとしても、実際職場には人がいないし、その人にしかできない仕事があったり。優良企業には何か助成金などの支援があるといいんですかね。
後藤: 東京都はこれから不妊治療を応援するというメッセージ(東京都妊活課)を出しているので、企業への支援の必要性も感じています。
鴨下: 特に中小企業になると 従業員が少ないので対応が難しいですよね。
後藤:
知識面をしっかりと行政として支援をしていく、あるいはメンタル的なサポートも、今後さらに必要な分野なのかなと考えています。
不妊治療されている方々は精神的にも大きな負担がかかるので、鬱になってしまうとか、誰に相談していいのか悩んでいる方もたくさんいらっしゃっるので、支援制度をしっかりと広めていくのと同時に、正しい知識を広く伝えていくことも重要だと考えています。
鴨下:
そうですね。あと当事者以外の人にも正しい知識を普及して、堂々と不妊治療することが、社会の風潮になって欲しいなと思います。結局精神的な負荷は、周囲の無理解だったり、申し訳ない気持ちを感じたり、多くの人に迷惑かけながら治療しているのに結果が出なかったりという、全部相互的なメンタルダウンなんですよね。
不妊治療をしている当事者以外の方々への知識の普及することで、堂々と治療する人が増えてほしいです。
後藤: 正しい知識を伝える「政策」と、金銭的な「予算」と、両側面からの支援が必要だと考えています。
鴨下:
当院では無精子症のご夫婦に対して、提供精子による不妊治療を実施しています。この治療はもう日本で70年も前から実績がある不妊治療の1つですが、この方法自体まだ社会的な認知度は低く、不妊治療が保険適用にされた後も健康保険適応外の治療です。治療は全額自費となり、経済的な負担を強いられるということで苦労されています。また適応から外れることで社会的な疎外感や孤独を感じています。
卵子凍結などが多様な生き方への支援であれば、多様な家族形成への支援という意味で、提供精子による不妊治療も支援いただければと思います。例えば助成金が認められれば、この治療の認知度も高まるし、社会的にも支援されることでご夫婦たちの自身と安心感が生まれ、それがこの方法で生まれた子ども達の肯定感にもつながるといった好循環が生まれるような気がしています。
後藤: もしかすると、その問題を社会に訴えるところから、世論形成から必要なテーマなのかもしれないですね。
鴨下: その通りだと思います!提供精子で授かることが1つの家族の形であることの社会認識を作らない限り、そこに予算化されることはきっとないですよね。
後藤:
一つ一つやっていくしかないですね。今回の話をきっかけに私も勉強させてもらって、まず理解を深めるところからぜひお願いします!
私も政治の世界に入って「政治や行政を変えることはこんなに難しいんだ」と実感する日々ですが、一方でひとりひとりの本気で変わることがあるのもまた事実で。「絶対にこれを変えてやるんだ!」といった想いを持った人たちが、岩盤にちょっとずつ穴を開けていくことで大きな流れができることもあります。こうした取り組みに賛同してくれる仲間を増やしていきたいなと思っています。
鴨下: すごいやりがいがありますね。私は医者なので、自分の目の前の患者さんのことしか考えられないし、それでも何も力になれず無力さを感じることも沢山あります。
後藤: でも、その積み重ねがまた新しい誰かの役に立つ時がきっとくると思います。
鴨下: そうですね。現場が行政に訴えることを諦めてしまったら、なにも変わらないですよね。結局仕組みを作るのは行政で、現状をよく知る現場は問題点を行政に上げ続けないといけないと思いました。
後藤: 議会で不妊治療を経験している女性議員も多いので、そういう経験をした女性から生まれている政策なんですよね。実体験をこうして教えていただいたり、当事者の声で政策は変えられるので。
鴨下: 諦めちゃだめですよね!
後藤:
いろんな方からお話を聞くときに、一人の方から相談を受けたら、きっとその後ろには何十人、何百人同じ悩みを持っている人がいると思って、話を聞くようにしています。今日のお話でも本当にきっと当事者の方々は深く傷ついていることが想像できました。
ぜひこれから、今日をきっかけに色々と知るところからはじめたいと思うので今後ともよろしくお願いします!